忙しい人のための3行まとめ
- 株価は離散信号である
- 離散信号に関する数学理論が株式投資に適用できる
- 「上がる銘柄を当てる」以外でも数学を使って利益を出す手法がある
※本ブログは私の投資結果および研究成果を記録するものであり、特定の投資商品や銘柄を推奨するものではありません。
はじめに
皆さんが普段見ている株価のチャート、今回はこのデータをどのように捉えるべきかという話を書きます。
株価のチャートを見ると、常に変化を続けているように見えるかもしれませんが、実際は違うのではないかという話です。私の株式投資研究では、工学系の大学で学ぶレベルの信号理論や数学が頻繁に出てきますが、この記事はそのすべての基礎になる部分です。株式投資の一般的なアプローチと全く異なるのですが、この先の議論の基礎となる部分ですので読んでください。
逆に言うと、数学的にも工学的にも学部生の教養知識レベルを超えるような内容はほとんど出てきませんので、理系の高度専門教育を受けた人であれば株式投資における大きな学びの一つになると思います。
世の中の大半の出来事は連続的
日常で目にする物理現象の多くは、時間とともに途切れなく変化しています。たとえば、部屋の温度です。温度は当然ながらゆっくりと上下し、仮にエアコンの設定温度を25度から26度に変えたからと言って、突然その瞬間に温度が一度上がるわけではありません。
これは温度が変化するのに時間がかかると言いたいわけではありません。デジタル表示の室温計の表示が1分後に25から26に変わったからと言って、突然その瞬間に実際の室温が一度上がったわけではない、という意味です。この場合、実際の温度は25度から26度に向かって徐々に徐々に変化していきます。
このような変化を数学的には「連続的」と呼び、連続的な量を記録したものを「連続値」と呼び、連続値を常に記録し続けたグラフは滑らかな関数で表すことができます。

液体(アルコールや水銀)を使った電源不要の昔ながらのアナログ温度計を使えば、この連続的な変化を直接測定できます。この値は精度の高い温度計を作れば、小数点以下いくらでも細かい値で温度を測定することができます。
株価は連続的ではない
一方で株価について考えてみます。株価というのは実際に売買が行われて始めて何円と決まります。例えば、とある銘柄の株価が1000円だとして、それが1分後に1006円になったとします。これは決して毎秒0.1円のペースで一分間かけてかけてじわじわじわっと上がって、気が付いたら1006円になってたというものではありません。
例えば9時の寄付の始値が1000円の銘柄があり、その後は約定せずに板が開いたまま1分経過し、1分後に1006円の買い注文が入って約定しました。この後で999円の売り注文が入ると、今度は株価はいきなり999円に変化します。

このような飛び飛びの値をとる変化を数学的に「離散的」と呼び、この離散的な量を記録したものを「離散値」と呼びます。離散値を常に記録し続けたグラフは階段状に表現されます。

見た目が階段状であるだけでなく、途中で線が途切れていることが重要で、あとから出てきますので覚えておいてください。
離散値やデジタルデータのグラフを画像検索すると階段の壁に相当する部分(蹴込)が描かれているグラフを見ることがありますが、これは誤りです。途中の値がなく突然値が変化するので、グラフの線もジャンプするこのような記述が正解です。
もし縦線が描かれていたら、極めてミクロな時間では徐々に値が変化している、と読み取れてしまいますが、実際の株価がそうなっていないことは上で解説した通りです。
株価に精度はない
もう一点、株価のグラフが階段状であることから、株価には測定精度という考え方がありません。売買におけるティック(株価の価格刻み)という考え方があるのみで、これは銘柄(TOPIX500に含まれるかどうか)と株価によって決まってきます。これはルールで決まっているので、誰がどう観測しても数字は変わりません。
例えば、とある証券会社では株価は1000円だけど、別の証券会社のアプリではより高精度に1000.138円と表示され、筑波大学の研究所が最新の機器で観測すると11桁の精度で正しい株価が分かる、ということはありません。1000円の株価の株は間違いなく1000円ですし、998円の株価の株は誰から見ても998円です。

あまりにも当たり前のことを言っているので頭がおかしくなりそうですが、中間の値がないということをここで再度強調します。
このように、温度計と株価の動きというのはいずれも常に変化するものという点では共通ですが、その動き方は数学的には全く異なる変化の仕方です。
時間離散と時間連続
ここでもう一つ論じておきたいのが「時間」においても「連続的」と「離散的」という考え方があります。上で述べたように、データは時間が経過するごとに変化しています。これは温度計でも株価でも同じです。
温度計は連続信号
温度は常に変化をしていて、いつでもその瞬間の温度を計ってなだらかなグラフを描くことができます。小数点以下の桁数が多い、細かな値が計測できる温度計が作れるのと同様に、とてつもなく高頻度に温度を測定することも可能です。下限はありません。これを【連続信号】と言います。
株価は離散値を持つ連続信号
株価はあくまで直前の約定価格にすぎません。今その価格で買えるという意味ではありません。その時点の本当の株価は誰かの成行注文が入って約定した瞬間に更新されます。しかも、その注文がいつ入るかは誰にも分かりません。しかし一方で売買したければいつでも注文を出すことができます。
つまり、株価はその銘柄のティックに応じて必ず飛び飛びの値を取りますが、その株価を観測するタイミングは飛び飛びではありません。1時間に一回しか注文できない、ということはありません。実務上はシステムのレイテンシやクロス取引規制などがあるので不可能ですが、無限に細かいタイミングで注文を出すことができます。
上記をまとめて言うと、株価は離散値ですが、相変わらず時間軸においては連続的です。このような信号の例は少ないのですが、離散状態を持つ連続時間信号と表現します。この表現方法で温度計の例をもう一度言い換えると温度は、連続状態を持つ連続時間信号となります。ややこしくなってきたのでここでいったん表にします。

世の中一般の議論では単に「アナログ信号」「ディジタル信号」と分類してしまいますが、測定値の「連続/離散」および時間の「連続/離散」と分けて考えないと、誤った分析方法を採用することになってしまいます。特に左下や右上の様な連続的な要素と離散的な要素が混ざったものを誤って解釈することになります。
日足にすると時間も離散的になる
さて、ここで株価チャートの日足について考えてみましょう。
日足における始値と終値は9時および15時30分に板寄せによって売買された価格です。ストップ気配などのルールがあるので始値は厳密には9時ちょうどというわけではないのですが、任意の時刻に始値を計測したり、1秒間の間に何度も終値を計測するようなことはできません。
終値で売買したければ大引で注文を出すほかなく、一日一回と決まっています。株価が1円単位でこれ以上細かく分解できないことと同様に、終値は1日単位でありこれ以上細かく分解できません。言い換えると始値や終値は板に分散している注文を板寄せ方式によって株価情報を標本化(サンプリング)および量子化(価格決定)していると再定義できます。
このように、時間に対しても飛び飛びのタイミングしか取り得ない測定値を【離散信号】と呼びます。その中でも特に測定値と時間の両方で離散的な信号を【ディジタル信号】と呼びます。
連続信号と離散信号と数学
さて、この2つあるデータ、連続信号と離散信号を考えた場合に、数学上の扱いというのが全く変わってきます。連続データは多くの場合世の中の物理現象を表しますが、関数ですので方程式で表現することで分析します。方程式で分析するときに専ら用いるのが微分方程式です。
株価が分析できない
実際の株価は離散値を持つ連続信号だと述べましたが、ここで一つ問題が発生します。離散値で表現された信号はグラフにすると階段状になりますが、教科書通りの方法では微分が不可能です。したがって一般的な方法では微分方程式で解析できません。つまり株価は解析的な分析手法の大半が使えません。
グラフが解析可能か、すなわち関数が微分可能かどうか、というのは数学において極めて重大な関心ごとで、微分不可能なものをどうにかして微分可能にして問題解決できるようにする、というのは物理や数学における一大テーマになるほどです。
それくらい解析的手法が使えるかどうかは重要です。解析的な手法で株価を予想しようなどと言う「〇〇投資法」や「〇〇理論」のような主張が大昔から後をたちません。一見すると賢そうな数式が出てくるので騙される人がいますが、そのほとんどが検証以前に原理的に成り立っていません。そのような手法を「怪しい」と感じたり、さらに踏み込んで「板情報や信用残が反映されていないのではないか?」と反論することは正解です。なぜなら株価は離散値だからです。
離散信号は数列が使える
信号には時間連続信号のほかに時間離散信号がありました。時間離散信号は時間が飛び飛びであるため結果的に値も不連続になります。そのため微分方程式が使えません。しかし、信号の間隔が一定であるため数列が使えるという特徴があります。
例えば一週間の終値を以下のような数列で表現することができます。
{100,983,1002,1009,995}
一見すると株価を並べただけですが「株価は数列である」と認識することで、ベクトルや行列などの線形代数学や、差分方程式やZ変換等の数値解析、あるいは集合論などの数列に関わる数学的手法が全て使えるようになります。みんな大好き移動平均線も終値数列に対する応答関数であると以前述べました。
このような数列や集合を扱う数学というのも、微分方程式と同じくらい発展している分野で応用範囲は広大です。
数列はコンピュータと相性が良い
離散信号=数列はそのままでは人間が扱いにくいため、移動平均線にしてあたかも連続信号であるかのように見せていますが、数列の解析はコンピュータが最も得意とする分野です。その証拠に、株価のリストから移動平均線を求めてゴールデンクロスやデッドクロスを求める作業は、Excelを使えばかなり初歩的な使い方の範囲で分析可能です。
単純な移動平均よりさらに踏み込んで、数字の集合をベクトルとして取り扱って線形代数で分析するような手法でも、コンピューターを使うと非常に高速に処理できます。また、データ一件一件が分かれているので、これを「標本」としてとらえることで統計と相性が良くなります。統計処理もまたコンピュータが得意とする分野です。
この2つを組み合わせると大量のデータをデータベースとしてためておき、コンピューターでアルゴリズムにより高速で一括処理することによって、様々な投資判断の材料を得ることができるようになります。
大量のデータを次々に処理できる
東証の全ての銘柄の全ての売買のデータ、と言うと人間の脳が取り扱える限界をはるかに超えたデータ量になりますが、現代のコンピュータであれば、メモリの中に容易に全て収まってしまいます。
単に株価を収集するだけなら安い中古PCでも十分に可能ですし、デイトレーダーは実際にこれをやって急騰銘柄を1秒の遅れもなく検知しています。
機械学習との相性が抜群に良い
この考え方を更に応用したのが機械学習です。大量の株価データを数列とみなすと、数学的なパターンを抽出することが可能です。と言うよりは、世の中のあらゆる現象をいわゆるビッグデータとして貯めておき、これを超巨大な数列に再構築して非線形変換を行う機械が機械学習すなわちAIです。こう聞くと今話題の生成AIを連想しますが、あれは一つの応用例で、ここで生成する結果はただ一つ「買う/売る」だけです。
単純な株価情報だけを機械学習させようとしてもそれは単なるデジタルフィルタですので機能しません。そこでIR情報や為替のデータなどを全て学習データに加えます。
人間でもIR発表を読んで「株価が上がるか?下がるか?」と考えますが、この判断を全ての銘柄の全ての過去のIRとそれに反応した株価チャートで実施して、未来を予想するというアプローチです。20年前であればちょっとしたスーパーコンピュータ(数億円)が必要でしたが、今なら性能のいいパソコン(数百万円)くらいの設備で全てのデータを分析して学習させることが可能です。
高頻度取引
デイトレーダーは1秒の遅れもなく株価の変化を検知する、と書きましたが、1秒というのはコンピュータの世界においては極めて長時間であり、これをミリ秒(1/1000秒)オーダーで処理して売買をしています。
これがHFT(High Frequency Trade = 高頻度取引)と呼ばれるもので、「人間ではアルゴに勝てない」などというボヤキを皆様も聞いたことがあると思います。これらは全て株価を離散信号とみなして数列処理を行うことで成り立っています。
なおHFT業者もそれはそれで悩みがあり、ミリ秒の世界になると注文指示を伝える光の速度のあまりの遅さ(?!)が無視できなくなり、少しでも有利な環境を用意するために最低でも数億円の投資が必要になったりします。高々1000万円程度で始められるデイトレードとは対照的です。
また、現代のAI技術で中長期の株価を予測することに人類は成功していません。AIは過去の情報のみを学習しており、当然ですが未来の情報は持っていません。だからこそHFTにより、人間に先回りできる短時間の範囲でわずかな利益を積み重ねる程度がその限界です。

余談ですが、証券会社各社が提供している「AI投資」は実は機械学習ではない全く別物です。
株価を科学する
株価をデータ集合の「入力」とみなして最終的な売買判断の結果という「出力」を得る、という考え方は100%科学のそれであり、あらゆる科学および工学の分析手法を用いることが可能になります。

クオンツという投資思想
株価を離散信号であることを前提として株を分析して売買すること、もしくはそのような仕事をしている人たちのことを「クオンツ」と呼びます。
そしてクオンツによって資産運用を行うことをクオンツファンドあるいはクオンツ投資と呼びます。株価のあらゆる動きを統計処理して確率分布に落とし込んで、大数の法則に持ち込めるように「物量で殴っていく」という作戦です。
数学を前提とする投資法
離散信号自体の話題からは少し離れますが、株価は離散信号あるいは数列であるという考え方をベースにしているクオンツ投資は、我々一般投資家が考える株式投資とは全く別の世界で戦っています。
株価の予想を放棄する
クオンツの基本的な思想は「株価は予測できない」というものです。株価の値上がり・値下がりを予想して売買を行って利益を出すのが株式投資なのですから、根本的な部分が違います。しかし個別の株価が予想できないからと言って「市場全体を平均するとどう振舞うか予測できる」ことは否定されません。

サイコロで何が出るか予想することはできませんが、3900個のサイコロを同時に振って、その平均が3.5になるであろうこと容易に予想できます。クオンツとは株でそれをやろうという思想です。
クオンツ投資において興味の対象は、サイコロで言い換えると「この場にある3900のサイコロは本当に平均して3.5が出るのか、それとも歪んだサイコロが混ざっていて3.5にならないのか、測定して検証しよう」ということです。
株式投資の産業革命
これは株式投資において、思想レベルの革命です。投資判断において人間に頼ることを放棄し、人間は専らシステム設計のみに専念します。
つまり従来は職人技の世界で「この銘柄は上がるだろう」という風にやっていた株式投資をやめて、クオンツを雇い入れてシステム開発をやらせ、大量の株価データを数理的なモデルとして扱って、統計的に処理をして「この銘柄が上がるか下がるか」ではなく「ポートフォリオ総資産が上がる確率分布」に置き換えるのです。
経験と勘ではなく、測定と演算に従って売買を行います。産業革命により職人が次々に科学者と技術者に置き換わったようなことが今まさに株式市場で起こっています。

売買判断を完全に機械化することに対して私は否定的ですが「株価は予想できない」という前提をもって株価を確率分布で考えることは私の投資法でも共通です。皆さんは「株価を予想しないのに儲かっている人がいる」という事実を覚えておいてほしいです。
結論
株価チャートは一見すると連続的に動いているように見えますが、実際は取引が成立した瞬間にだけ値が更新される離散値です。
また、いつ値が変わるか分からない株価は数学的には取り扱いが難しいですが、その始値や終値に注目すると間隔が一定の離散信号として扱うことができるようになります。このような性質を理解すると、株価が物理現象とはまったく異なるルールで動いていることがわかり、分析の方法も変わってきます。
連続的データは方程式の世界ですが、株価のような離散データは統計や数列処理のほうがずっと適しています。株価を離散信号ととらえることで、統計を始めとしたさまざまな分析手法が使えるようになり、投資判断に極めて有用な情報が取り出せるようになります。

私がやっているのは狭義のクオンツ投資ではありませんが、株価の予想を放棄している点では同じです。数理処理をいろいろ応用しているのは「株価は離散信号なのでは?」という気づきからスタートしています。
次回予告
次回は早速、離散信号であることを活用する解析の代表格「離散フーリエ変換」を使って株価を分析していきます。株価が予測不可能であることを数学的に明らかにします。
※本ブログは私の投資結果および研究成果を記録するものであり、特定の投資商品や銘柄を推奨するものではありません。



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