【研究ノート】信号処理屋が株価を周波数解析してみた(後編:チャートは情報量を持っているのか)

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忙しい人のための3行まとめ

  • テクニカル指標はデジタルフィルタであり新たな情報を生み出さない
  • チャートには情報量が全く含まれず未来予測はおろか過去の分析も意味をなさない
  • 数学的な結論とプロ投資家の存在は一見すると矛盾するが答えは株価チャートの外にある

※本ブログは私の投資結果および研究成果を記録するものであり、特定の投資商品や銘柄を推奨するものではありません。

はじめに

中編では株価を周波数解析した結果、レンジやトレンドというのは人間の錯覚によるもので、数学的には株価に周期性や方向性は認められないことを論じました。

最後は後編として、テクニカル指標を周波数の世界で見たときの意味とその効果を考えてみたいと思います。

テクニカル指標はデジタルフィルタ

移動平均、MACD、RSI――
これらは名前こそ違いますが本質的にはデジタルフィルターです。

株価という離散的な時系列データに対して一定のルールで演算を行い、元の信号を別の形に変換しています。この意味で、テクニカル指標は人間的な直感ではなく、完全にデジタル信号処理の対象です。

デジタルフィルターにはさまざまな特性があります。低周波を通して高周波を削るものもあれば特定の周波数帯だけを強調するものもあります。テクニカル指標の違いは本質的には「どのようなフィルター特性を持っているか」の違いに過ぎません

そこに付いている名前は、その特性にラベルを貼っているだけです。この点についてはこの記事でもより踏み込んで研究しています。

ゴールデンクロスはバンドパスフィルタ

ゴールデンクロスは、短い期間の移動平均と長い期間の移動平均を用いて定義されます。一般には、短期移動平均が長期移動平均を上抜いたときに売買のシグナルとして語られることが多い指標です。

ここで、移動平均をデジタルフィルターとして捉えてみます。移動平均は、株価という時系列データに対して短期的な変動をならし、低い周波数成分のみを通すフィルターとして機能します。

期間の短い移動平均は、比較的高い周波数までを含んだ低域通過フィルターであり、期間の長い移動平均は、さらに低い周波数だけを残すより強い低域通過フィルターになります。

この二つの移動平均の差を取るという操作はデジタル信号処理の観点から見ると、特定の中間的な周波数成分だけを取り出す操作に相当します

二つの移動平均の差とは、その周波数成分の差である

これは、まさにバンドパスフィルターと呼ばれるものです。

株価のチャートに対してバンドパスフィルターを通すという行為は、言い換えれば、株価の中から特定の周期を持つ変動だけを取り出したい、と言っているのと全く同じです。

ゴールデンクロスとは株価の「上がるか下がるか」を見ているのではなく、どの周期の揺らぎに注目するかを選択している一つのフィルタリング操作に過ぎません。

テクニカル指標は何も語らない

ここで、あらためて約17年分(4096営業日)の日経平均株価の終値に対して行ったフーリエ変換の結果を思い出してください。周波数軸で見たとき、そこには特徴となる周波数帯がどこにも存在しないことが分かっているはずです。

一つ前の記事、中編で解説したように、スペクトルは低周波から高周波にかけて特定のピークを持たず、フラクタルノイズが強く疑われるなだらかな傾きとして現れています。少なくとも株価は「この周期が支配的だ」と言えるような性質を統計的に持っていません

この前提に立つとゴールデンクロスの意味ははっきりします。

ゴールデンクロスは短期移動平均と長期移動平均の差を取ることで特定の周波数帯だけを抜き出すバンドパスフィルターでした。しかし、抜き出そうとしている元の信号がどの周波数帯にも特徴を持っていないフラクタルノイズである以上、そこから得られるのは一様な周波数成分の一部に過ぎません


バンドパスフィルタで畳み込み演算(上図の積算記号で表現)を行っても情報量は増えない

そして、この話はゴールデンクロスに限ったものではありません。

移動平均、MACD、RSI、ボリンジャーバンド、etc…。名前や計算方法は違ってもこれらは全て、株価という時系列データに対して何らかの周波数変換やフィルタリングを施しているだけです。

全てのテクニカル指標は本質的には株価を別の周波数表現に写像する装置に過ぎません。しかし、元の株価データが特定の意味ある周波数構造を持っていない以上、どのようなテクニカル指標を用いたとしてもそこから新しい情報が生まれることはありません

株価には「ここを取り出せば有利になる」といった周期成分がそもそも存在していない――その状態でどの周波数を強調しようが、どの帯域を切り出そうが、得られるのは同質なノイズを別の形で見ているだけです。

この意味でテクニカル指標は、株価が何かを語ってくれる道具ではありません。語っているように見えるのは、変換された信号に人間が意味を与えているだけです。

チャートそれ自体は何も情報を持たない

ここまで述べてきたように株価の時系列データを極めて長期的に見た場合、そこには特定の意味を持つ周波数成分が存在しないことが分かります。周波数軸で見れば株価は概ねフラクタルノイズとして振る舞っており、統計的に特徴づけられる周期構造を持っていません。

この前提に立つと結論は明確です。あらゆるテクニカル指標を用いたとしても、株価のチャートから意味のある情報を取り出すことはできません。どのような演算を施しても、どのような指標を重ねても、得られるのはフラクタルノイズを別の形に変換した結果に過ぎません。売買の判断に直接結びつくような、新しい情報が生まれることはありません。

勝ちも負けもない

テクニカル指標が「儲かる or 損する」という話をしているのではありません。もし仮に「全く正しくなく、絶対に損をするテクニカル指標」が存在するならば、その指標の反対方向に売買するだけで利益が出てしまいますので、儲かるか損するかは実質同じことです。そうではなく、テクニカル指標から期待できる成績は長期に均してしまうと1/2の確率のコイントスの結果の累積と同じで、損も得もしない、ということを主張しています。

これは言い換えれば、チャートそのものが情報を内在していないということと、実質的に同じです。元のデータに意味が含まれていないという事実は、それを加工しても同様に意味が出てこないことを示しています。

データに意味がない、より厳密な言い方をすると情報量が無いため、どう工夫しても、あるいはどう下手な使い方をしてもテクニカル指標はランダムな結果しか返しません。サイコロを振って売買を決めることとやっていることは同じです。

あらゆるテクニカル指標が勝ちも負けもしないからこそ、淘汰されずに何十年も語り継がれてきました。ここで論じたゴールデンクロスだけでなく、すべての指標が最終的には損も得もしません。現実には売買手数料とスプレッドの分だけ損するという結果になり、証券会社は儲かります。

未来だけでなく過去も分析できない

ここでよくある誤解として、
「株価はランダムだから、未来は予測できない」
という言い方があります。しかし、問題は未来だけではありません。

フラクタルノイズであるならば、過去のデータをどれだけ詳細に分析したとしてもそこから役立つ情報を抽出することはできません。未来が予測できないのではなく、過去の中にも、そもそも分析する価値のある情報が存在しない、というのがより正確な言い方になります。

この事実は決して今明らかになったようなものではなく、効率的市場仮説(ウィーク型)として古くから知られています。

チャートは何かを教えてくれる存在ではありません。そこに意味を見出しているのは、常にそれを見る人間の側です。チャートに勝手に線を引いて「ここから上昇トレンドが始まった」と感じるのは中編でも述べたように人間の錯覚であり、チャートにはトレンドやレンジといった基本的な情報すら含まれません

明らかな矛盾

ここまでの話を踏まえると、一つの明らかな矛盾が浮かび上がってきます。

超長期の株価を周波数解析した結果、株価は実質的にフラクタルノイズとして振る舞い、統計的にも周波数的にもレンジ相場やトレンド相場といった固有の特徴を見出せない、そして株価チャートをどれだけ見ても、テクニカル指標でいかなる演算を加えても、投資判断に使える情報は何も得られない、という結論に至りました。

この結論は、長年の経験や伝説の投資家の実体験などではなく、純粋に数学的/工学的な手法により求められた結論です。したがってこれは投資スタンスなどの問題ではなく、市場そのものにおける事実です。

矛盾1:どう見てもそこにあるトレンドとレンジ

それにもかかわらず実際のチャートを見れば、レンジやトレンドが明らかに存在するはずだと感じてしまうのも、また事実です。業績が好調で決算発表で過去最高益を更新したような銘柄が、その日を境に株価がぐんぐん上昇していく様子を見ると、上昇トレンドが始まったとしか表現ができません。

矛盾2:情報量が無いチャートで儲けているプロがいる

さらに言えば完全にランダムで情報を含んでいないはずの株価を相手に実際にトレードで利益を出し、それで生活している人が存在することも否定できません。チャートに何も情報が含まれないのに、チャートを見て一日に何度も売買しているデイトレーダーはいったい何を見ているのでしょうか。

矛盾を解くカギは市場にある

情報が含まれていない。予測もできない。それでもなおレンジやトレンドは存在するはずだと考えられ、しかもそこから利益を得ている人がいる。ここには、どう考えても説明されていない明らかな矛盾があります。

本記事では、この矛盾そのものを提示するところまでに留めます。細かな解説については、今後、別の記事として順を追って整理していく予定です。

株価に情報がないからこそ生じる矛盾。そして、その矛盾の中で成立している現実。その答えは株価そのものではなく人間と市場の側にあります。この続きは次の記事で改めて扱うことにします。

前・中・後編3つの記事のまとめ

株価を信号処理の対象として扱ったときに、何が言えて、何が言えないのかを整理してきました。

株価をフーリエ変換によって周波数分解すると、長期的には特定の周期や特徴的な周波数帯を持たない、フラクタルノイズとして振る舞っていることが分かります。レンジ相場やトレンド相場といった分類は、時間軸で見たときの印象に過ぎず、周波数の世界では明確に定義できる実体ではありません。

テクニカル指標についても同様です。移動平均、MACD、RSI、ゴールデンクロス。名前や計算方法は異なっていても、それらは全て株価という信号に対して何らかのデジタルフィルタリングを行っているだけでした。

しかし、元の株価データ自体が意味のある周波数構造を持っていない以上、どの指標を用いたとしても、そこから新しい情報が生まれることはありません。加工を重ねても、得られるのはノイズを別の形で見ているだけです。

この意味で、チャートそれ自体は情報を持っていません。未来が予測できないのではなく、過去をどれだけ分析しても、売買に使える情報がそこに含まれていない、というのがより正確な理解になります。

それでもなお、市場にはレンジやトレンドが存在するはずだと考えられ、実際に利益を上げている人がいる。この矛盾こそが、次に考えるべき本当のテーマです。株価に情報がないとしたら、では、いったいどこに期待値が存在するのか。予測を捨てた先に、初めて見えてくる景色があります。

その続きについては、今後の記事で改めて掘り下げていきます。

アルパカ先生
アルパカ先生

もともとこの研究は「株の必勝法をチャートから数学的に見つけよう」という目的で始めたものでした。しかし必勝法が無いばかりか、まさか株価チャートには過去も含めて情報量が含まれないため分析しても無駄、という結論になるとは思いませんでした。

※本ブログは私の投資結果および研究成果を記録するものであり、特定の投資商品や銘柄を推奨するものではありません。

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